2015年02月23日
昨年末のことなんすが
画像は年末のものです。許可こそとってあるのですが幾分画像は小さめに。
学生時代アルバイトで入っていただいてたT君が教員研修で3年ぶりに2日だけ帰ってきてくれました。なんでも新しくできた制度だそうでメッチャ忙しい年末に力強い戦力として使いまくりました 変わらない姿とは裏腹に端々に感じる受け答えや立ち振る舞いから成長とたのもしさを感じたものです、本当にありがとう!!!
歴代のアルバイトさんは誰でも語り継がれる伝説があります。そのおおくは爆笑ものの勘違いや失敗談・経験談なんかですが彼の場合心に強く残っている事があります、3年前…そう彼は震災の年のバイトさんなんですね。
あのとき3月11日を境に世界が変わりました。
仕込みの最中丁度つけていたテレビが大阪~東京の中継をしていて、東京に立ってられないくらいの地震が今おきてるという放送でテレビに目をとられ、それからすぐに長野が大きく横に揺れはじめてパニックになってるところに大阪も揺れだしたと放送が入る・・・東京~長野~大阪と揺れが拡散していく様子を体験しました。
それからは日々テレビの前で震災・原発のニュースにひたすらかじりつく…そんなどうしようもなく不安な時、彼は地質学の先生の下で勉強していたそうで放射能の単位とか放射性物質の半減期とかずいぶんとT君の講義をうけたものです。
まったく予約の入らずそれはそれは細々と営業していたとき初めてのフリーのお客様は外国の方でした、営業中にもかかわらず突然の来訪に驚き、帰り際に聞いてみると日本で働くお子さんが心配でたずねて明日かえるのだが最後に日本で食べてみたいものと聞いたらフグだったそうです。おたがいに涙ながらに話していたとき、接客してくれたのも彼でした。「君が避難するときは私も逃げるからもしもの時はメール入れてね」そんなふうに言いながら仕事をしてました。知識がないということが如何に愚かな行動をとるか痛切に感じたときでもあります、正直彼にはずいぶん助けられました。
今年も3月がきます。
あの日あの時をまた一つ乗り越えるために、本日もお仕事がんばります。
Posted by 高津誠司 at 13:48│Comments(0)